悪夢の福岡出張
福岡出張の一週間前、秘書に飛行機のチケット2名分(部下Gと私の分)を頼みました。
「必ず隣り合わせの席で取って欲しい。」というリクエストを添えて。
道中、Gと色々と話ができることを期待していました。
ところが、出張の前日、秘書からチケットを受け取ると、肝心のGは私よりも早い便に変更しているとのこと。
秘書もチケットが届くまで知らなかったようでした。
一緒に同行する上司の私に何の断りもなく、勝手に変更していたのです。
おそらくは、早めに行って、別の打ち合わせをしているとか何とか適当な理由を言うだろうとは思いましたが、ここはじっと我慢。
そして福岡空港を経て、博多の中心部にある支店で合流しました。
Gは私の顔を見るなり、「急な打ち合わせが入ったので、先に福岡入りしていました。支店はすぐにわかりましたか?」
予想した通りの言葉でした。
まあ、ランチ時も帰りもあるしと思いながら、Gにはスケジュール変更の報告がなかったことを一言注意し、その日の午前中の予定をこなしました。
そして、昼食時に話すのもどうかなと思っていたところ、「昼飯はアクアさん一人でお願いできますか?私は支店の営業担当と打ち合わせがありますので。」
「それなら私も一緒に打ち合わせに入るから、皆でランチミーティングにしよう。」と返すと、「それほど大した話でもないので、アクアさんはいいですよ。」との弁。
「いいから、私のことは気にせず、打ち合わせをしてください。私は横で聞いているだけにしますから。」と半ば強引に参加することにしました。
結論から言うと、ランチミーティングはまったく内容のないもので、支店の営業担当も急に打ち合わせと言われて驚いていた様子でした。
そして夕刻までに予定していた仕事をすべて終え、福岡空港に着くと、今度は「私はトラブルシューティングのために今日中にメールを書かないといけないので、アクアさんは先にお帰りください。おそらく、1、2時間はかかると思いますので・・・。」とのこと。
ある程度、そんな予想もしていたので、「私もメール処理と承認を必要とする案件が沢山届いていると思うので、ここで仕事をしますから、それから一緒に帰りましょう。」と伝えました。
これには、Gも返す言葉がなく、店に入って二人でPCを使って1時間半ほど仕事を片付けました。
そして、向こうの仕事が終わったことを確認したところで、「もう、遅いからここで食事をしてから帰りましょう。」と言って、ビールやツマミ類を注文しました。
ようやく二人で話ができると思い、まずは「今日はお疲れ様!」と言って乾杯をし、世間話から入りました。
しかし、30分ほど経過した時点でE部長の話になった途端、上司への不平不満が堰が切ったように溢れ出したのです。
とりあえずGの言い分を聞こうと思い、ひたすら聞き役に徹すること1時間半。
半ば内容が繰り返しになってきたので、私の方から「確かにE部長にも至らない点があるのかもしれないが、まだ入社してさほど時間も経っていない上司を、十年選手である君がある程度はサポートしないといけないんじゃないのか。将来の管理職、リーダーを目指すのであれば、まずは上司のサポート役をこなすところから始めるべきだと思う。それにその役目は君が期待されていたんじゃないのか?」と諭すと、今度は、E部長にやる気がないからサポートのしようがない、E部長は経験不足、会社の仕組みがわかっていない、自分は皆の意見を代弁しているだけだ・・・とまったく聞く耳を持たない。
そうこうしているうちに、最終便の搭乗時刻が迫ってきたので、店を出ることにしました。
当然会計は私の懐から・・・。(しかし、Gからはご馳走様の一言もありません。これにはまた別の理由があったのですが・・・。)
そして彼の上司批判はすでに2時間を越えていました。
結局、機内でももちろんのこと、浜松町駅で別れるまでの間、延々彼の上司批判は繰り返され、何度か「誰が聞いているかわからないから、その話は止めよう。」と言っても止まりません。
アルコールが入ったせいもあったのでしょうが、それにしても私からすると異常な行動としか思えません。少なくとも大の大人のすることではないと。
4時間を越えてもなお、Gの上司に対する不平不満は言い足りないといった感じでした。
浜松町で別れたのは、深夜0時を回っていました。
そして、私は一気に疲労感と倦怠感に襲われたのでした。
この日を境に、私のうつ症状は加速度的に悪化していくことになります。
< 続く >
「必ず隣り合わせの席で取って欲しい。」というリクエストを添えて。
道中、Gと色々と話ができることを期待していました。
ところが、出張の前日、秘書からチケットを受け取ると、肝心のGは私よりも早い便に変更しているとのこと。
秘書もチケットが届くまで知らなかったようでした。
一緒に同行する上司の私に何の断りもなく、勝手に変更していたのです。
おそらくは、早めに行って、別の打ち合わせをしているとか何とか適当な理由を言うだろうとは思いましたが、ここはじっと我慢。
そして福岡空港を経て、博多の中心部にある支店で合流しました。
Gは私の顔を見るなり、「急な打ち合わせが入ったので、先に福岡入りしていました。支店はすぐにわかりましたか?」
予想した通りの言葉でした。
まあ、ランチ時も帰りもあるしと思いながら、Gにはスケジュール変更の報告がなかったことを一言注意し、その日の午前中の予定をこなしました。
そして、昼食時に話すのもどうかなと思っていたところ、「昼飯はアクアさん一人でお願いできますか?私は支店の営業担当と打ち合わせがありますので。」
「それなら私も一緒に打ち合わせに入るから、皆でランチミーティングにしよう。」と返すと、「それほど大した話でもないので、アクアさんはいいですよ。」との弁。
「いいから、私のことは気にせず、打ち合わせをしてください。私は横で聞いているだけにしますから。」と半ば強引に参加することにしました。
結論から言うと、ランチミーティングはまったく内容のないもので、支店の営業担当も急に打ち合わせと言われて驚いていた様子でした。
そして夕刻までに予定していた仕事をすべて終え、福岡空港に着くと、今度は「私はトラブルシューティングのために今日中にメールを書かないといけないので、アクアさんは先にお帰りください。おそらく、1、2時間はかかると思いますので・・・。」とのこと。
ある程度、そんな予想もしていたので、「私もメール処理と承認を必要とする案件が沢山届いていると思うので、ここで仕事をしますから、それから一緒に帰りましょう。」と伝えました。
これには、Gも返す言葉がなく、店に入って二人でPCを使って1時間半ほど仕事を片付けました。
そして、向こうの仕事が終わったことを確認したところで、「もう、遅いからここで食事をしてから帰りましょう。」と言って、ビールやツマミ類を注文しました。
ようやく二人で話ができると思い、まずは「今日はお疲れ様!」と言って乾杯をし、世間話から入りました。
しかし、30分ほど経過した時点でE部長の話になった途端、上司への不平不満が堰が切ったように溢れ出したのです。
とりあえずGの言い分を聞こうと思い、ひたすら聞き役に徹すること1時間半。
半ば内容が繰り返しになってきたので、私の方から「確かにE部長にも至らない点があるのかもしれないが、まだ入社してさほど時間も経っていない上司を、十年選手である君がある程度はサポートしないといけないんじゃないのか。将来の管理職、リーダーを目指すのであれば、まずは上司のサポート役をこなすところから始めるべきだと思う。それにその役目は君が期待されていたんじゃないのか?」と諭すと、今度は、E部長にやる気がないからサポートのしようがない、E部長は経験不足、会社の仕組みがわかっていない、自分は皆の意見を代弁しているだけだ・・・とまったく聞く耳を持たない。
そうこうしているうちに、最終便の搭乗時刻が迫ってきたので、店を出ることにしました。
当然会計は私の懐から・・・。(しかし、Gからはご馳走様の一言もありません。これにはまた別の理由があったのですが・・・。)
そして彼の上司批判はすでに2時間を越えていました。
結局、機内でももちろんのこと、浜松町駅で別れるまでの間、延々彼の上司批判は繰り返され、何度か「誰が聞いているかわからないから、その話は止めよう。」と言っても止まりません。
アルコールが入ったせいもあったのでしょうが、それにしても私からすると異常な行動としか思えません。少なくとも大の大人のすることではないと。
4時間を越えてもなお、Gの上司に対する不平不満は言い足りないといった感じでした。
浜松町で別れたのは、深夜0時を回っていました。
そして、私は一気に疲労感と倦怠感に襲われたのでした。
この日を境に、私のうつ症状は加速度的に悪化していくことになります。
< 続く >
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